2022年10月 ◇◇マツダの企業城下町に物申す その1◇◇

 

  広島は、マツダの企業城下町で、特に、車で行けないところは人気がないようです。

 信州に友達がいて良く行くのですが、信州では、信号のない横断歩道で車が止まってくれる割合が非常に高く、驚きました。広島では見ない光景です。これも、マツダの企業城下町だからなのか、広島人の気質なのか分かりませんが、皆そうではないんだと気づきました。

 

 逆に、信州は、自然が厳しい分、仲間を大切にし、自然の恵みに感謝して謙虚に生きていくことを自然に覚えたと感じました。広島だと、隣の人を大切にしなくても生きて行けるからだと。最近、広島でも人が沢山死ぬような風水害があり、全国から義援金を頂戴しました。私は、変わっていくべきだと感じました。

 

 以前に、90歳の元官僚が交通事故を起こし、車のブレーキの不具合が原因と裁判になった事件が報道されていました。高齢者の免許返納を促す流れでした。

 それならば、報道で、今の60代、70代に「もうすぐそんな年齢になりますが、その準備はできていますか?」とは一切聞かなかったです。車中心の社会であることは間違いないことだし、代替手段がないのも分かっていることです。

 

 高度成長期に整備された鉄道やバス路線は、自動車の普及とともに、切り捨てられてきました。旧国鉄からJRに変わって、公共性より収益性を優先するスタンスが明確になり、車なしでは生活できない地域は、地方都市の周辺や地方のすべてに広がりました。過疎化は、社会資本との関係で、もう後戻りのできない深刻な問題です。

 

 

 

2022年10月 ◇◇マツダの企業城下町に物申す その2◇◇

 

 自動車産業は、今でも、日本を支える基幹産業で、数少ない世界トップ企業です。

 あの頃は、例えば、時計のセイコー社とかピアノなどのヤマハとか「ものづくり」として、世界のトップの企業は数多くありました。

 一方、今、主流のネット業界では、アメリカとか中国の下請けみたいな企業が日本企業のトップですから、時代は変わり、日本の立ち位置は変わりつつあります。だから、自動車産業には、頑張って、この位置を保ち続けて欲しいです。

 

 マツダは、ずっと広島を支えて、広島を守り続けてくれたのですから、大切にし、感謝しなければいけません。広島カープが今も広島にあるのは、マツダのオーナーがいくら赤字でも球団を売却しなかったからだと感謝すべきだと思います。 

 

 情けないのは、依存度が高く、何もかも他力本願な行政機関と市民だと感じることがあります。政令指定都市でありながら、何も主体的に決められないと。そんな気がします。

 

 いつまでも決まらないサッカースタジアムの移転先について、久保会長がトップ会談で早く決めようと提案すると、うろたえ方が尋常ではない様子がニュースレベルでも伺えました。結局「久保会長の言いなりにはさせないぞ」と折衷案みたいな場所に決まりました。

 理由は、確か公表されていないと思いますが、多分、八丁堀地区のF屋あたりに忖度したのだと思います。八丁堀地区と紙屋町地区の水面下の覇権争いはし烈で、紙屋町地区は、振興勢力ですから、経済界の大御所の顔を立てたものだと推測します。久保会長も本意ではないものの、反対すれば、もっと遅れる様相で、やむを得ないと妥協した感じでした。

 その結果、未だに、一等地の球場跡地の利用方法は白紙と記憶しています。市民、県民のことを一番に考えた結論とは思えませんでした。50年、同じことの繰り返しで、学習能力ないなぁと正直がっかりでした。

 

2022年10月 ◇◇マツダの企業城下町に物申す その3◇◇

 

 自動車産業の企業の立場からすると、すでに国内の需要は微々たるもので、完全に輸出、海外生産頼みでした。言い換えれば、自動車産業は、自己の努力で、海外主体の収益構造を創り上げてきたので、国内では、節度のある車社会の構築を望んだと言っていいと思います。賢明な判断ですが、世界的な企業なら当然です。

 「何か何でも売る」という昔のスタンスから、「何をつくっているのか知ってもらうため」「調和のとれた車社会を目指そう」という感じでした。恐らく、トヨタ自工と自販が一本化され、国内販売に重きを置く必要がなくなった時期、完全な輸出企業になった時期からだと思います。この状況は、だれでも予想できたので当然といえます。

 これほど日本の基幹産業として経済成長に貢献してきたのに、過疎化の問題を全て自動車産業のせいにする危惧があったと。確固たる根拠のあるものでなく、想像の域を出ません。申し訳ないです。

 

 しかし、車を使う側の国民は、そんなことは全く考えず、自分本位で便利なものとして、加速度的に依存度を上げ、過度に頼りすぎた生活スタイルを作り上げ、その結果、他の交通手段を切り捨てたと思います。ある時期までは、世論もその流れに沿ったものでした。

 地方では車以外の交通手段はなくなり、公共交通機関を失ってしまったこと。自業自得とは言え、残念なことで、もう、後戻りはできないです。

 

 これから、人口減少とともに、少ない人口の高齢者の構成割合が一層、増加。働く人工の減少は深刻化を増し、人工は、地下鉄等の網羅されているような都市部等に集中することが想定されます。

 地方は、過疎化に拍車がかかり、空き家問題が深刻化し、スラム化する方向は、加速し、決定的な打開策はない現状と思われます。首都地震の危惧は、さらに深刻です。この度のコロナ対策で、貯金は使い果たしているので、日本も終わってしまうかという危機です。